旅行日記(2022年7月)

Tさんと九州旅行へ行った。


1日目

半休を取っていた。いつも出歩かない時間に自宅へ向かう。信じられないくらい暑い。
Tさんが大阪まで来てくれるので、落ち合う。
地下街の喫茶店で冷たい茶などを飲み、フェリーに乗るまでの時間をだらだらと過ごした。
大阪港は辺鄙なところにあって、同人誌即売会くらいしか用がない。

船、乗ったことがあるのに何度でもテンションが上がる。

まだ動き出してもいないのに、丸窓から海面が揺れているのを見て、海!と思う。

客室へ向かいながら、Tさんが「ハンターハンターみたい」と言う。
ハンターハンターにこんな場面あったっけ?と思ったが、最近の話では船に乗っているらしい。

出港まで無意味に甲板を見たりする。

日が暮れるまで見た

直近で同じ記事を読んでいたことがわかり、しばらくジャイアント白田の話をする。
なぜか船は遠征に行く学生がたくさん乗っている。以前もそうだった。

プロジェクションマッピングをするというので、見に行く。
中央のホール部分で、天井に投影していた。
確かにプロジェクションマッピングだが、普通に、プロジェクターでスライド見せたりするのと何が違うんだろうと思わないでもない。
何名かでじっと天井を見上げていると、すごくアニアーラっぽかった。アニアーラの話をしたかったが、口頭で言っても面白い話ではないので黙っていた。

ANIARA アニアーラ

ANIARA アニアーラ

  • エメリー・ヨンソン
Amazon

宇宙船が航路を見失って宇宙空間を永遠にさまよう話だが、フェリーがかなりイメージに近い。

フェリー、何度乗っても面白い。フェリーで台湾とか行きたい。


2日目

6時頃に船内放送で起きる。
風呂に入る。旅行に行くと絶対朝風呂に入りたい。大浴場に浸かりたい。家風呂だとべつにさほどの感動もないが、大浴場に用意されている湯にパッと入ってパッと出るのは川の水でパッと行水するみたいな面白さがある。「最初っからあるもんに入ってる」感が。

昨晩と同じ場所で朝食を食べる。
朝からボリュームのある飯を食べることがないので、旅行してますね感がすごくある。楽しい。

志布志港に到着する。

どこかの観光バスの運転手さんにバスの運行について聞くとめちゃめちゃ訛っており、一瞬外国人なのかと思ったが、普通に地元住民のようだった。東海地方の方言とは全く違うイントネーションなので外国語のように聞こえる。南方に親族がいるTさんは南方の方言の素養があるので理解できている様子だった。

洋上は電波がないため、記録上はAirPodsを大阪で紛失したことになっていた。
志布志港付近には飼料の工場が多く、端的に言ってうんこの匂いがする。
雑草がでかい。セイタカアワダチソウってこんなにでかくなるのかよというくらいでかい。誰も歩かないので歩道の真ん中から容赦なく生えている。

巨大な工場ばかりの道を抜け、志布志駅まで30分ほども掛けて歩く。誰ともすれ違わない。
メルヘンな警察署が見えてきて、二人とも興奮し、写真をたくさん撮る。

かわいい

ショッピングセンターなのか何なのかよくわからない大きい建物があった。
薄々気づいてはいたことだが、荷物が重い。気力が削がれる重さ。
Tさんがお手洗いから戻ってくるまで、志布志町のかるたを眺める。これって地元特有の頻出ワードなんだろうなというのがあって面白い。


スーパーの張り紙に提灯が多い。

電源を取って光らせて家庭用プラネタリウムみたいにいろんな光を投影する機能がついた提灯が、A3チラシ一面くらいに取り上げられている。

このあたりではみんな家にこういうのあるのかな。

地方のスーパーは地方にしかないメーカーの変なものが売ってあることがあり、面白いものはないか見る。
精肉のエリアに「生食コーナー」とあり、鶏のタタキが売ってあった。興味をそそられ、食べてもいいなと思ったが、Tさんは生食を危険視している。出会ったころからTさんは食中毒リスクへの感度が高い。

「私は食べないけど、食べる食べないはすすさんの選択だから……」と言っていた。大人の距離感。

調味料やインスタント商品なども見たが、あんまり面白いものはなく、大阪だろうが鹿児島だろうが変わり映えのしない感じだった。

ビニール袋入りで吊るしてある干し鱈が少し面白かったが、買ったらすべてが生臭くなるのが目に見えており、遠くから眺めた。

盆提灯の存在感がすごい

荷物を預け、大慈寺に向かう。

暑い。

街のそこかしこにレトロなタイポや角丸の窓が目立つ。珍スポットや変わったラブホや“レトロ建築”みたいなものって、都市部ではもう擦られ尽くしていて、目新しいものは残っていないはずで、誰も見つけていない“いいもの”を発掘したければ地方に足を伸ばすしかないんだろうなと思う。

いい看板

いいな〜

良い

入口

歩いて20分ほどのところに大慈寺があった。竹やぶに囲まれていて、いきなり現れる感じ。

阿吽像か仁王像かみたいなものが入り口にある。
間近で見ると二の腕の迫力がすごい。

薮を抜けて寺本体を見にいく。

でかい蜘蛛の巣が小径を横断するように張られている。ハンミョウが多く、一歩ごとにキラキラした虫が飛び上がってはどこかに消えていく。

通り抜けると、Tさんはありえないくらい大量の蚊に食われていた。ヤブ蚊だ。かわいそう。
本堂は、すごく古い、って感じだった。
何か役に立つことを知っていれば、屋根やら庇やらの形でいついつのなになにですね、と思ってありがたがれそうだったが、わからないので、すごいな〜と思った。玉ねぎのような、うんこのような形の飾り窓だけが唯一わかり、あれは“花頭窓”という窓で、花頭窓だから……つまり……と、うろ覚えの知識で何かをわかろうとしたが、何もわからなかった。何もわからないものを見ると、もっと勉強しておけばよかったなと思える。

靴を脱ぎ、濡れ縁を奥まで見た。立派な庭だった。手入れが行き届いているというよりは野生の庭だった。平らにならした小石に熊手で線が引いてあり、相当良いものとして感じられた。静かでいいものだった。池があるより良いなと思った。ずっと見ていられる。
木製の半円テーブルと小学生の座るような椅子が何組か置いてあった。
アーチのある渡り廊下で本堂と母屋がつながっており、小さな棚やなんかがあり、なんとなくちまちましたミニチュアめいた感じがあって良い印象を持った。
読経が始まっており、なんとなく聞く。
何の、どこの、どういうお経なのか分からなかった。何もわかることがない。
木魚とりんを巧みに使い分けながら読経が続く。
がっしりした、空手でもやっていそうな住職だった。六代遡れば先祖は千人にもなり、自分の命にはそれだけの関わりがある、一日一日の命を味わい全うしなさい、という旨のことを男性に向けて言っていた。

恐らく地元の人が、白い長方形の大きな包みを持ってきており、納骨だった。
お盆には少し早いと思うが、そういう雰囲気だった。
盆とか法事とか、あと葬式もだが、わりと好きだった。引越しとか卒業式とか正月に通ずる雰囲気がちょっとだけある、独特の賑々しさがあって、普段の単独で生きている感じとのギャップがある。寺はその感じがいつもあるので好き。

ラーメン店に行く。

寺の真向かいが本店で、昼にはやや早い時間なのにひっきりなしに客が入る。
太い麺で、豚骨だった。かむくらばかり食べている身には、これが……ラーメン……という感じだった。なぜかたくあんが五枚も付いてくる。
サカナクション新宝島は実写バクマンの主題歌なんだと教えてもらい、ええ〜?と思ったが、そのつもりで歌詞を思い返してみれば「丁寧丁寧丁寧に描くよ」も確かにめちゃくちゃバクマンで、“バクマンの主題歌”というお題に対してこんなに高得点を叩き出してしまうというか、お題があったことすら霞んでしまうくらい完成度の高いものを作り上げているすごさ……みたいなことを考えた。わりと、サカナクション山口一郎の話をしていた。

観光案内所でもらったパンフレットがあった。
幽霊や妖怪譚を集めたもので、即心院跡を見に行く。
暑さがすごい。死にかねない暑さ。
それから、虎畫石、みたいなものを見るためにうろうろと歩いた。なんて事のない道端にいきなり石がある。
石だ、と思い、満足して、駅に戻った。

山頭火によく会う

寂し〜


ボルベリアダグリに泊まる。
正式名称は「国民宿舎ボルベリアダグリ」だった。
名前のすごさに圧倒される。

異常な数のトンボが飛んでおり、Tさんは一瞬嫌がったが、「でもトンボだから許すか……」と態度を軟化させていて、確かに私もトンボだと許せる感じがする。なんでだろうな。トンボってカナブンやハエみたいな動きとは違うので脅威じゃないのと、あとなんか、清潔な感じがする。

乗った

ダグリ岬遊園地を見る。
強風のため観覧車は休止していた。
紙コップみたいな形の座席で、鉄骨が遠目にも分かるくらい茶色に錆びついている。これが目玉、という感じだったので、乗れないのが残念でもあったが、今にもバラバラになりそうでもあったので乗れなくて良かったような気もする。
黄色いベストを着た関係者が、地域行事の段取りをするような感じで、家庭用キャンプ用品みのある仮設テントを移動させたりしていた。
のりもの券を購入して、のりものに近づくと、遠くから駆け寄ってきて作動させてくれる。
視界の外側でじっと見られている感じがあり、なぜか「裏バイト:逃亡禁止」のことを思い出した。

風が強い

いい階段

砂浜でサンゴを拾う。
形のいいサンゴが欲しかった。何個か拾い、比べてみて、結局一番初めに拾ったものが一番よかった。

ものすごく丸い石を拾い、持ち帰ることにした。

Tさんは泳ぎたそうにしていた。

左のサンゴにした


分不相応な飯

夕方、暴風雨と言っていいほどの雨。
ヤシの木が右に左にしなっているのを視界に入れながら夕飯。
旅館っぽいちまちましたものが沢山並んでいて面白い。旅館のご飯。

取手の壊れた急須に吸い物が入って出てきた。じゅんさいだった。じゅんさいを説明しながら嘘ついてる人みたいになった。
お重に入っているうなぎが出た。
私はうなぎにそれほど執着がなく、確かにうまいが、サンマだろうがブリだろうがこの味付けならうまく感じるだろうと思うのだが、Tさんは違うらしい。うなぎへの向き合い方の違い。
大隈産の鰻は日本一と名高いらしかった。部屋に戻ってパンフレットを読んでいたらそう書いてあって、急にありがたく思えてくる。

海見える

喉がスースーする味

旅行だ

ここまで来てなぜかSHERLOCKの忌まわしき花嫁を見る。すごい面白さだった。


 3日目

朝から雨。

日南線で宮崎方面に移動するつもりでいたのだが、台風が近づいている影響で運休している。10時にチェックアウトなのでロビーでだらだらとああでもないこうでもないと言い合う。

貼ってあるポスターを見て、トヨタのカーシェアを借りれば良いのでは? と思い立ち、アプリ上で利用開始の手続きを済ませたが、承認に一週間ほどかかるというので椅子から転げ落ちそうになった。(旅から帰って5日ほど経ってから通知が来た。事前準備は大事という話。)

ロビーには広い窓があって、眺めが良い。突然雨が降ったり、それがいきなり降り止んだりするようすがよく見える。

何も決まっていないが、とりあえず展望台を見に行く。

海を見に行く

カニを追う私

たぶん枇榔島

5分足らずで展望台へ着いた。

風が強い。

何も予定が決まっていないので、しばらく呆然と座った。石のベンチから立ち上がると思ったより尻が濡れている。

Tさんが、タクシーで近くの遊園地まで行き、11時半の乗合バスに乗って串間まで行くことでショートカットできることに気づき、そうする。

 

苦しんでいた痕跡

串間は駅舎が古く、近くに新しい観光案内所ができていた。

道の駅ではキリンジが流れ続けている。

パッションフルーツが5つも6つも袋に入って500円で売られており、しばらくパッションフルーツのことで頭がいっぱいになってしまった。果物ナイフもなく、表面がシワシワになってからが美味しいものなので、今食べられるわけではない。

寿司を食べる。スシローに慣れた体で別の回転寿司屋に入ると異世界のよう。
どれも美味しい。醤油が甘くて面白い。

Tさんはシュークリームを絶賛していた。

牛乳

2013年頃に副鼻腔炎で入院したとき、熱が下がって表面上は元気になると、退屈で、売店のおやつなどを買い食いしていたが、そのとき飲んだ大阿蘇牛乳は青いトマトのような雰囲気があって驚いた記憶がある。
これは大阿蘇牛乳ではなくてデーリィ牛乳だが、美味しかった。トマトの味はしなかった。

いいポスター

ヌオーおる

昼過ぎ、串間から出る日南線に乗る。
国籍の分からない、アジアとも中近東ともつかない雰囲気の、ものすごい量の食料品を買い込んでいる女性らと乗り込む。
電車は二両編成で、よく揺れる。山あいを進むと、誰も手入れをしていない雑草が車窓をペチペチ叩く。雨でも当たっているのかと思うような音がする。
緑がもりもりしている。あまりにも民家がない。田圃や畑というわけでもない、ただ漠然とした空き地。地元もこんな感じだが、もりもり具合では敵わないような気がする。

落書きしてある

 

青島を通り過ぎる。本来は青島神社に行こうと話していたのだが、列車の本数が少ないため、行かなかった。田舎出身なのに田舎のことがよくわかっていない。
サーファーが多いらしく、それらしいファッションをした人が乗り込んでくる。

柑橘類のポスト

 

油津で乗り換え、南宮崎から一駅で、宮崎駅に着く。

突然都会だった。串間で出してもらった切符は自動改札に通せないもので、駅員さんに手渡しで外へ出る。

小綺麗で、東京駅のようでもあり、名古屋のようでもあった。私の地元の最も栄えている部分とみても100倍は都会で、東急ハンズやローカル百貨店のようなものや激安の殿堂などが並んでいる。

土曜のためか、駅中にはキッズが多い。遊ぶためというよりは、集まって自分たちのグループの威信を示したいような雰囲気で、通り過ぎる人たちの、とくに同年代の顔をジロジロと見ている。

すごく甘い

 

突然ものすごい雨。待っていたら止みそうなので、冷たい飲み物を飲んで待つ。

雨雲レーダーを何度も確認し、そろそろだろうというところで駅を出ようとすると、さっきのキッズたちにお巡りさんが加わっていた。

駅を出てひたすら歩き、ホテルを目指す。
地図上ではすぐそこに見えたのに、意外と遠く、20分ほども掛かった。
道が広い。生命保険会社ばかりの通りがある。

フロントマンが、マスク越しにもわかる濃い顔立ちをしていて、九州、と思う。

天気悪い

 

夕飯をどうするか全く決めていなかったので、Googleマップを開いてあれやこれや話し、韓国料理屋へ行くことにする。

宮崎くんだりまで来て韓国料理屋? だが、美味しかった。マッコリとコーン茶、焼きセンマイ、チーズ味の粉末がまぶされたヤンニョムチキンなどを食べる。

とんでもない雨が降ってきて、また止む。
降り止んでいるうちにさっさと戻ればいいのに、激安の殿堂を覗くなどする。
あまりにも激安の殿堂だった。激安の殿堂なんてどこで行っても同じなのに、なんだか妙に面白く、海外旅行で地元スーパーを冷やかすように見る。

お互い荷物がパンパンなのに、誘惑に耐えきれずそれぞれ変なお菓子や飲み物を購入する。

ぜんぶ変

 

地上波では東京卍リベンジャーズを放映するらしい。
コインランドリーとの兼ね合いで、風呂か東卍かどちらかを選ぶ必要があり、風呂を選んだ。
大浴場はホテル専属のものではなく温泉施設としても独立していて、わりと、にぎわっていた。
昨日の国民宿舎のロッカーがボロだったことが気にかかり、受付でロッカーの鍵を受け取りながら「脱衣所のロッカーって鍵つきですか?」と聞くと、受付の女性は「これが鍵ですよ!」と笑っていた。
大浴場はなんとなく縦長のつくりで、何らかの部活の遠征で泊まっているらしい学生でワイワイしていた。どこに行っても学生がいる。
風呂にテレビがあり、普通に東京卍リベンジャーズを見ることができた。サウナで見た映像って妙に心に残る。

酒類を購入していたことも忘れ、いつの間にか寝ていた。

 

4日目

チェックアウトが遅いので、寝坊をしても許される日程だった。
朝食。何となく手作り色の強いお惣菜みたいなものが並んでいた。
カンパチのフライだと思ったものが、なんとなくコロッケに似ているなあと思いながら食べてみたらコロッケで、狐につままれたような気持ちになった。
Tさんは「別になんてことのないフライでしたよ」となぐさめてくれ、面白かった。

カンパチ≠コロッケ

Tさんが、部屋番号の語呂合わせを「さいごまでいっしょだよ」と作ってくれたおかげで、チェックアウトを済ませてもこの先三年くらいは部屋番号を覚えていると思う。

宿を出て、駅へ向かう。

暑いが、風があるのでまだマシ、荷物はますます重く、台車に押して運びたい……と何度か考えた。

火砕流の痕跡らしい

 

志布志まで引き返し、船に乗る。

銅羅を鳴らしていた

台風は遠ざかりつつあったが、海が荒れているのか、ありえないくらい揺れた。
廊下を歩いていると、船体の揺れに合わせて両足がちょっと浮く瞬間がある。

船酔いで具合の悪くなった学生がロビーのソファでうずくまっている。酔うよね。

甲板のライブカメラが見られる。怖い

5日目

起床。風呂に入る。夜は何も見えないので、明るい方が目が面白い。

思ったよりも下船に時間が掛かり、出勤時間が迫ってくるので気が気でなかったが、たくさん走ったので致命的な遅刻は避けられた。

そんな感じで旅行が終わった。

4泊あったが、まだ全然休める。10泊くらいしたい。